チェコ共和国プラハ在住の山崎裕貴子です。
今回、翻訳者でチェコ人女性のHana Maulováさんに、インタヴューを行いました。
マウロヴァーさんは、高校生のときに、チェルノブイリ大惨事を経験しました。
チェルノブイリ原発からプラハまで1000キロ強ですが、放射能雲がプラハの上空にもやって来て、雨が降りました。
知識を持たない国民は、政府が箝口令を敷いていたことから、情報も与えられず、何ら被曝対策を取ることができなかったそうです。
インタヴュー時、偶々、ハナさんが太陽エネルギースキャンダルを取扱った週刊誌「レフレックス」を持っており、その雑誌をみせてもらいながら話を伺いました。
チェコ共和国の原子力発電について、ごく簡単にご説明します。
チェコには原子力サイトが二か所あります。南モラビアにあるドコバニ原子力発電所と南ボヘミアにあるテメリーン原子力発電所です。
ドコバニ原子力発電所は4基の原子炉をもち、合計出力凡そ190万kW、テメリーン原子力発電所は2基で合計出力凡そ200万kWです。
ドコバニ原発は1979年に建設がはじまり、85年から87年に運転を開始しました。テメリーン原発は1987年に建設がはじまり、2002年から2003年に運転を開始しています。
ビロード革命を経た90年、アメリカのウェスティングハウス社が後者の安全システムを補正し西欧の安全基準に合致させました。
現在、拡張工事が予定されており、2014年から2015年に落札企業が決まることになっています。
比較的最近できたチェコの原発は、ドイツとオーストリア両政府から強い批判を浴びています。
ドコバニ原発は、プラハまで170キロ、南東ドイツのパッサウまで200キロですが、ウイーンまでたった98キロです。
テメリーン原発は、プラハまで100キロ、ウィーンまで180キロですが、パッサウまで94キロしかありません。
また、テメリーンでは5度の汚染水漏れをはじめ2001年以来、多くの事故が起きています。
下記のハナさんの回答では原発の安全性についての信頼感が表れて
いますが、このように、実際には事故は頻繁に起きているにもかかわらず、市民が危機感を抱くにはいたっていないことがわかります。
また、彼女が自国の原発推進に関するドイツやオーストリアの強い反対についてまったく言及していないのは不思議です。中世の終わりから第一次世界大戦までの500年弱、オーストリアとドイツの支配下にあったボヘミアの歴史的な経緯が影響しているのかもしれません。
1994年から2001年までの世論調査の結果は、次のとおりです。
94/03
99/03
00/04
01/04
はっきり肯定
26 %
15 %
21 %
18 %
どちらかといえば肯定
42 %
32 %
42 %
40 %
どちらかといえば否定
23 %
32 %
27 %
29 %
はっきりと否定
9 %
21 %
10 %
13 %
出典:http://www.stem.cz/clanek/111
これを見ると、94年の68%から2001年の58%まで過半数のチェコ人が原発の発展に賛成していますが、はっきりと賛意を示す人は減っています。
ハナさんもこの「どちらかといえば肯定」の40%に入るのだと思います。
国内のエネルギー資源に関しては、チェコは石炭およびウラン産出 国です。原子 力百科事典atomicaのサイトの「チェ コの国情およびエネルギー 事情 チェコのエネルギー資源」等を参照しながら補足しますと、 2008年末の石炭の可採埋蔵量は1.9億トン、褐炭の可採埋蔵量は9.1億トンあり、2008年現在チェコ西部で採掘しています。
また欧州第一のウラン産出国でもあ り、現存する鉱床のうち、1ヵ所で採掘中(チェコ東中部ロズナ)、 その近く2ヵ所に将来採掘可能な資源があります。チェコ国内の原子力発電所は国産のウ ランを使用しています。
歴史的には旧チェ コスロバキアのウラン生産は1946年に始まり、 1946年から 1991年のソ 連崩壊 まで、チェコスロバキアで生産されたウラン はすべて旧ソ連に輸出され、旧ソ連の核開発及び原子力発電所用核燃料として使用されました。
ソ連崩壊で打撃を受 け、1960~1990年までの年間生産量2,500~3,000トンが、2009年には 255トンま で減少しています。
しかしながら世界的需要量の増大によるウラン価格の上昇 (2002年から2007年の間に10倍)にしたがい、2011年現在、ロシア、カナダ、オーストラリアからの投資が見込まれており、環境保護論者の抗議にもかか わ らず、既に閉山した鉱山もふくめその開発が期待されています。
最後に、チェコ共和国の代表的現代美術家のダヴィッド・チェルニー(David Černý)の2013年 秋の作品を紹介します(撮影は山崎)。
プラハ市 内を横切るヴルタヴァ河(ドイツ語ではモルダウ河)に船を出し、大統領府のあるプラハ城に向けて、このような挑戦的な作品を数週間、展示しました。
チェルニーは、元共産党員のゼマン大統領らに向けてこ れをつくり、チェコ人の政治不信を表しています。
ハナさんがインタヴューで繰り返したのも、汚職の問題です。
チェコは欧州でもっとも汚職のひどい国だといわれていますが、エネルギー問題も市民のエネルギー観もこの政治腐敗の問題を通して感じられ、考えられているようです。
それに比べて環境問題には比較的関心が低いように思われます。
参照サイト
http://fr.ria.ru/energetics/20111024/191650892.html24/10/2011
http://www.bulletins-electroniques.com/actualites/57108.htm
Hana Maulová( ハナ マウロヴァー)さんプロフィール
翻訳者(仏・英・露語)
チェコスロバキア生まれ、プラハ在住
カレル大学仏文科卒
現在、チェコのエネルギー政策には、十分、満足していますか?
いいえ、全く満足していません。
わたしたちは国の政策が悪いためにエネルギー価格を高く支払わせられています。
政府は太陽エネルギーを支援しており、太陽エネルギー由来の電気を非常に高い価格で買い上げています。
しかし私共の地域では太陽エネルギーは非常に効率が悪いのです。日照時間が限られているから。
普通の効率性が見込めないのに政府は太陽エネルギーの推進を続けています。そのせいで他の通常エネルギーによる利益で太陽エネルギーのマイナスを補わなくてはならなくなり、その結果すべての電力価格が上がります。
(要する)ビジネスなのです。国家予算を決定する人々が太陽エネルギーを推進しています。
今日(2014年2月20日)発売のレフレックス(Reflex 毎週木曜発刊の週刊誌、路線は左派中道) の見出しを見てください。
「イヴォ リッテイング」
訳注;太陽エネルギーをめぐる汚職の背後にいるとされている人物
「お日様が微笑んでいる」
「太陽エネルギーのお歴々に1兆コルネ 1 000 000 000 000 」
「今世紀最大のペテン、太陽ブラザーズ。コミュニスト、社会主義者、キリスト教徒、そして前財務大臣イカロウスコヴィに拍手」。
最初は、欧州共同体の政治家が温暖化現象の対策として風力と太陽エネルギーを推進しました。
最後は「トンネル」です。「トンネル」とはお金の不法な受け渡しのこと。
チェコでは国会がルールをつくります。そこで一旦ルールが決められるとそれを変えるのは難しい。ルールを利用してあるグループがずっと儲け続けることができるように。
たとえば地下鉄の切符は32コルネですが誰かが1枚買うごとに17サンチーム(0.17コルネ)をこのペテン師に支払うことになるのです。友達のあいだでは何でもありです。
80年代のリッテイングは雑貨屋で、90年代になってから町の小さな服装店、その時に詐欺罪で逮捕もされていますが、とても影響力のある友人たちをもっているのです。
今の彼は成金のロビイストです。
彼がこの週末に逮捕された経緯を書いたのがこの記事です。
「詐欺師の典型」(雑誌の見出し)。
チェコのエネルギー(電気等)のコストは高いと思いますか?
光熱費にかかわる電気料金は高いです。
先に言いましたように、太陽エネルギーを支えているから。
ガスは問題ありません。
暖房は集中暖房なので管理費にはいっていますが、これも問題ないです。温水は自治体の温水ネットワークが供給しますから、これも問題なし。
チェコのエネルギーの動力源について、最もウェートを占めているエネルギー源をご存知でしたら、教えてください。
石炭と原子力、そして水力です。
チェコでは、従来のエネルギー政策を転換しようという計画がありますか?
政府が家屋の断熱設備に補助金を出しています。ここは冬が長いので、良いプランです。
太陽エネルギーに関しては、冒頭でお答えしたように、スキャンダルになったので、もしかしたら政策が変わるかもしれませんが、どうなるかわかりません。あてにはしていません。
チェコでは、原子力発電について、国民レベルでコンセンサスがありますか?
原子力発電に関してコンセンサス、国民的合意というものは特にありません。
原子力発電の安全性についての情報はとても少ないですし、外国で大事故が起きたときに話題になるくらいです。
テメリーンの原発はプラハから150キロも離れており、近くありません。遠いですから、ここでは話題にはなりません。
訳注;実際にはテメリーンまでの距離は100キロに満たない。陸路は130キロである。
反原発運動などは、行われていますか?
反原発運動はテメリーン付近ではありますが、たとえばプラハでデモが行われたことはないです。
福島大惨事のあともこの状況はかわっていません。
ただ、チェルノブイリ(事故)に関しては新聞でその影響について、今でも小さく扱われることもあります。ロシアの汚染地帯の話やチェコの出生率についてです。雨が降ったからです。
プラハではこのことについて誰も口に出しません。共産主義政権下で禁じられていたからです。
でも、チェコの出生率は早産や死産の異常な増加のせいで低下しました。今はだいたい前の値にもどっていますが。
チェコでは、原発や原子力エネルギー政策の最大の問題をどう捉えていますか?
いちばんの問題は使用済み燃料のストックです。
どこでどのようにして管理するのか。自然への影響はどうなるのか、などですね。
チェコでは、原発の安全性について、どのように理解されていますか?
一般的にチェコ人は自分たちの発電所は大丈夫だと考えています。今まで一度も事故が起きていないからです。
政府の機関の厳重な監視下にありますし、国の原子力保全機関もあります。
チェコの原発はロシアの支援もあり、わたしはその安全性を信頼しています
訳注;実際には、汚染水漏れなどの事故が数度起きている。
チェコでは、原発の「安全基準」は明確になっていますか?
いいえ。テメリンの周辺でも、「安全基準」についてなど住民はあまり知識がないと思います。私も全然知りません。
チェコでは、原発の「安全基準」は誰が決定していますか?
国の原子力機関や政府の委員会などではないでしょうか。
国は、今後の原発政策をどうすべきだと考えていますか?
原発政策は話題になっていません。事故でも起きない限り、だれも話しません。原発の利点についても問題点についても。
政府は、原発やエネルギー政策に関する情報を一般公開していますか?
ほとんどしていません
緑の党が政府に情報公開を要求するというようなことはないのですか?
チェコの緑の党は主に左の傾向の社会政策について発言していて、環境問題については昔に戻れ、車を減らせというような時代遅れなことしか言っていません。私は彼らには投票しません。
チェコのマスメディアは、原発、エネルギーに関する情報を積極的に提供していますか?
財政スキャンダルになったときだけです。太陽エネルギーに関してや、事業の独占化、電力価格の高騰の場合など。
あなたは、原発やエネルギーに関する情報を正しく取得できていますか?
そうは思いません。
チェコでは、日本のエネルギー政策をどのように見ていますか?
福島の事故後、テメリーンの安全性についても話題になり始めました。
福島原発大惨事は悲しい災難です。私は福島原発の安全性については知識がないし、情報もあいまいですから批判することはできません。
ただ地震が頻繁に起こる国に原発を建設するのは問題があるのではないかと思います。事故後に批判することは容易いですが。
再稼働に関しては財政上の問題があるのでしょうが、一時はそれでうまくいっても、いつの日か、いつかわかりませんが、また事故を起こすのではないでしょうか。
あなたは、エネルギー関連の仕事に携わったことはありますか?
原子力に仕事として関わったことはありません。
チェルノブイリ大惨事の時、私は高校生でしたが、ありうるかもしれない事故の影響に関する情報は少なく錯綜していました。デモもなかったです。
反原発運動といえば、「南ボヘミアの母」という運動団体があり、テメリーンの発電所の前で抗議をしたりしています。これは特に知識があって運動をしているというよりも、子供の健康を守れというような意識からきているようです。
あなたにとって、未来のエネルギー社会、理想のエネルギー政策について、どうお考えですか?
理想はこの雑誌にあるような類のスキャンダルがなくなることです。ある特定のエネルギー源を正当性もないのに保護するというような。
(雑誌を見せながら)北ボヘミアには、このように畑一面に太陽パネルが設置されています。
見てください。なんて醜いんでしょう!
ある一部の人たちが儲けるためのエネルギー政策には反対です。
チェコは山国です。石炭もあるしガスはロシアから輸入しています。河の水量は季節によりますが水力も利用できるかもしれません。原子力はプラハにいるかぎり許容できます。
そういえば、ウラニウムも良質の鉱山があります。50年代には政治犯がウラニウム鉱山で労働を強いられ被ばくしました。(ウラニウム鉱山は)ドイツとの国境、カルロヴィヴァリの北です。
太陽エネルギーはまったく効果的でないので、やめるべきです。
最後にコメントをお願いします。
しかし、たとえスキャンダルが暴露されたとしてもチェコ人は抗議をしないのです。
共産主義政権下の時代でも同じことでしたが、人口の少ない国です。家族にひとり、ふたり共産党員のいない家なんてありませんでした。だから抗議ができなかったのです。
今もみんながいろいろな利権と関わりをもっていて、何らかの利益をえているのです。
2014年2月
report / interview ; 山崎裕貴子