Ⅰ「エネルギー戦略2050」
福島原発事故直後、2011年5月25日、スイス連邦政府は、原子力エネルギーからの段階的脱却を決議しました。
この決議内容に対し、世論は、どのような動きを見せましたか?
これに対し、産業界はどうでしたか?
原子力発電の利用に関する活発な社会的議論は、スイスでは、70年代から存在しました。
特に、2000年代の後半には、いくつかの原子力発電設備の老朽化による運転終了が近づいてきたため、原子力や発電技術の今後を巡る社会的議論が、再度、活発になっていました。
ちなみにスイスには5基の原発がありますが、そのうち3基が運転開始から40年以上経つものです。
また、スイスは直接民主制の国ですから、以前より、脱原発やエネルギーヴェンデ(エネルギー大転換)に関わる国民発議や国民(住民)投票が、国や州、自治体レベルで何度も行われてきました。
つまり、福島第一原発事故の前から、国民には原子力やエネルギー問題について議論や意見、ある程度の知識はありました。
もちろんスイスでも原子力産業の経済力は莫大ですから、昔から大手メディアで流れる情報には偏りがありましたし、福島第一原発事故の前には、国会で過半数を占める中道から右派の政党は原子力維持のポジションでした。
そのような中、福島第一原発事故が起こり、民意の大半が明確に原発反対、原発新規建設の禁止の方向に傾きました。
2011年には総選挙が控えていたこともあり、この民意を受けて内閣は原発の新規建設を禁止することによる脱原発を決定しました。
それまでは原子力維持派であった中道の政党も脱原発に方向転換し、それにより国民議会(下院)と全州議会(上院)も脱原発を可決することになりました。
何が言いたいかというと、トップダウンではなく、民意の変化を反映しての脱原発決議だったということです。個人的には、「やっと進むべき方向が明確になった」と感じた人びとが多かったように思います。
日本の経団連に相当するスイスの経済団体に「エコノミースイス」があります。大企業の意見を反映した団体ですが、そこでは原発を運転する3大電力が大きな権力を握っています。
その一社であるAxpoの元最高経営責任者が、今では「エコノミースイス」の理事を務めていることからも、スイスの原子力村が垣間見られます。そのため「エコノミースイス」は、昔より、同団体に近い政党や原発ロビー組織と共に、スイスでの原発推進の大きな力となってきました。
ですから、今回の脱原発やエネルギー戦略2050に対しても、エコノミースイスは当然ながら否定的です。もちろん地方の手工業者といった中小企業の団体には、脱原発やエネルギーヴェンデにより新しい市場が広がるため、賛同する企業も多くあります。
電力産業に関しても、スイスには大手電力の他に、自治体が所有する都市エネルギー公社をはじめとする中小の供給会社が1000以上あります。これらの都市エネルギー公社たちは、脱原発やエネルギーヴェンデに新しいビジネスを見出しているため積極的です。
決議以降、スイス連邦政府は、原発停止後におけるエネルギー安定供給の確保を目的として、「エネルギー戦略2050(Energy Strategy 2050)」の策定するシナリオを立てました。
まず、策定プロセス、策定内容について概観ください。
現在、どのような情勢でしょうか?
連邦エネルギー庁は2004年に、欧州では著名なスイスの経済研究・コンサルタント事務所であるPrognosに、「エネルギー展望2035」という、エネルギー政策議論の基盤となる学術的なエネルギーシナリオを作成させました。そこに脱原発、脱化石の方向性のシナリオも含まれていました。
福島第一原発事故の後、前記の展望をより長期的に発達させた「エネルギー展望2050」がPrognosにより作製されました。そこには経済成長や人口増加等も考慮に入れた、「現状維持」、「内閣対策」、「新しい政策」という三つのシナリオが示されています。
こういった学術調査に基づいて、内閣や国会は、脱原発が長期的かつ総合的なエネルギー政策という大きな枠組みの中で、経済的にも技術的にも可能であり、有意義であると考えたため、脱原発を決断しました。
そして、この決断を具体的に実行に移すために、内閣は「エネルギー戦略2050」というマスタープランを開発させ、目標を実行するために必要な諸法律の改訂と、2020年までに実施すべき第一対策パッケージを作成させました。
2021年以降には、第二対策が実施される予定で、それにより後述する目標を長期的に達成することを目指しています。
2012年秋に内閣が発表した「エネルギー戦略2050」の原案に対しては、4か月間に渡るパブコメが行われ、そこに各業界団体や州、環境団体や企業、市民が参加し、合計459件、6600頁のパブコメが提出されました。
これらのパブコメを半年間かけて吟味し、法案や対策案に反映させた内閣案が2013年9月に発表されました。これが2014年に国会で審議、修正された後、ようやく施行となる運びです。
しかし、最終的な諸法案のいくつかについては、反対する者が署名を集めて国民投票にもちこむことが予測されます。
こういった国民投票に際しては、原子力推進派の大手電力やエコノミースイスが大きなキャンペーンを張ってきますから、投票結果によっては脱原発が骨抜きになる可能性もあります。
エネルギー戦略2050の目標は、簡単に言えば、脱化石エネルギーと気候保全、そして脱原発を、目標から立ち返って、主に省エネと再生可能エネルギーにより実現していくことです。
スイスの総最終エネルギー消費量の7割近くが化石エネルギーで、その価格は年々高騰しています。原発の割合は10%です。エネルギー戦略2050は、この両方から脱却し、より経済的で、安定した、環境的なエネルギーシステムを構築するための総合構想です。
脱原発については、既存原発の寿命を50年と想定すると2034年に終了しますが、戦略ではこれを基本的には省エネと再生可能エネルギーにより行いながらも、過渡期には輸入電力やガスコージェネ、あるいはガスコンバインドサイクルも必要なら使うとしています。
また、CO2排出量の削減およびに脱化石エネルギーは、建物分野と交通分野で大幅に石油消費量を減らし、代替することで達成されます。建物分野では特に省エネ改修のいっそうの促進に力が入れられた対策となっています。
「脱原発と脱化石」(注)を標榜する「エネルギー戦略2050」の特徴のひとつは具体的な数値目標にありそうです。
数値的な目標は実現可能ですか?
また、問題や課題は浮き彫りになってきていますか?
現時点の法案に盛り込まれた目標は、熱・交通・電力の分野を合わせた最終エネルギー消費量は2000年比で2020年までに-16%、2035年までに-43%することとしています。
電力については、一人頭の電力消費量を2035年までに-13%減らすことが目標ですが、スイスでは人口が増加が続いており、今後、自動車の電化なども進む予定であるため、総量としては現在と同程度の60TWh前後に留まるとされています。
CO2排出量については、以前より90年比で2020年までに-20%の国内削減を目指しています。また、スイス政府は温暖化を2度以内に留めることを長期的に目指しています。
そのためには2050年までには、シナリオ「新しいエネルギー政策」を辿ることが必要になります。このシナリオは一人頭の年間のエネルギー由来CO2排出量を1.5トン以下、つまり-80%程度減らすものです。
再生可能な電力の増産についての目標は、2020年までに4.4TWhを追加で増産、2035年までに14.5TWhの増産を目標にしています。
法案には盛り込まれませんでしたが、内閣は2050までに新しい再生可能エネルギーからの電力を24.2TWh、水力からの電力を38.6TWhにすることを目標としています。これだけでも消費量の60TWhを超えます。
これらの増産予測は、量的には現実的であるとのコンセンサスがあります。しかし、国が計画しているよりも早いスピードで、エネルギーシフトを進めることが可能であることを様々な調査が示しています。
スイスの再生可能エネルギー連盟(AEE)によると、今の増産スピードを保つだけでも2020年までの目標を2016年までに達成できてしまいます(www.aee.ch)。
このことからも、内閣や国会では、原発が運転終了するまでは、再生可能エネルギーの爆発的な成長にブレーキをかけるような、ゆっくりとしたエネルギーヴェンデを望んでいることが分かります。
問題は、総エネルギー消費量に関する省エネ目標の達成です。技術的には実施可能ですが、現在の第一対策パッケージだけでは足りないことが分かっています。
そのために2021年以降に追加の対策として、エコロジカルな税制改革が行われる予定です。電力・熱・交通のエネルギー源に課徴金を課し、そこから得られる収入を家庭や企業に還付する制度で、省エネする家庭や企業ほど得する仕組みになっています。
この制度は、既に暖房用のガス・油には小さな規模で導入されています。エネルギーヴェンデの本命となる対策ながら、大幅に先延ばしにされていることは残念です。
もう一つ、脱原発の実施にとって深刻な問題であるのが、原発の運転終了時期が原子力法の改訂案に明記されていない点です。連邦核監督局が十分な安全性を確保していると判断するならば、50年以上の運転が可能になることもあり得ます。
原子力の運転終了時期が明確に決められなければ、求められる省エネ・再生可能エネルギーの増産のための政策もあいまいになります。実際に、スイスの大手電力Axpoは、古い原発に莫大な安全対策への投資を行うことで、出来る限り長く運転しようとしています。
スイスエネルギー財団の調査によると、スイスにある最も古い3基の原発のうち、ミューレベルク原発の発電量については既に新しい再生可能エネルギーの発電量で代替できており、残りの2基についても2020年までに再生可能エネルギーにより代替できるといいます。
エネルギーヴェンデの費用については、エネルギーヴェンデを実行する場合と、実行しない場合のコストを比較した結果、中期~長期的にはエネルギーヴェンデを実行した方が、社会にとって経済的にもコストが低くなるという、スイスエネルギー財団の調査結果が出ています。
Ⅱ新エネルギー
スイス国内の電力源の比率はどうなっていますか?
現在連邦エネルギー庁の統計は2012年のものしかありませんが、電力の国内生産量の58.7%が水力、35.8%が原子力、5.5%がその他(新エネ、火力等)になっています。電力に関しては6割余りが、総エネルギー消費では2割が、再生可能エネルギーになっています。
これとは出所が異なりますが、再生可能エネルギー連盟の計算によると、2014年頭に既存水力を除く新しい再生可能エネルギーが、最終電力消費量に占める割合が4%になっています。
内閣は2050年までの長期的な目標として、消費量約60TWhに対して、水力の生産量を38.6TWh、新再エネを24.2TWhに増やすことを挙げています。新しい再生可能エネルギーによる電力の中で、一番大きな役割を与えられているのが、太陽光発電です。
エネルギー戦略2050では、それに風力、深層地熱、水力の増産分、バイオガスとゴミ発電、バイオマスが続いています。
スイスでは水力発電が盛んで、その地形、自然環境は、日本と類似するところがあります。
水力発電のこれまでの実績、現状、そして潜在性について、どのよう見ていますか?
今日、スイスの電力の6割近くを水力が担っています。
ただ持続可能に使える水力資源の95%は既に使い尽くされており、温暖化の影響で水量減少が予測されることもあり、僅かに増産しても、現状のレベルを維持する程度に留まると言われています。
国は長期的に4TWh弱の増産を目標としていますが、主要な環境団体の連合(Umweltallianz)は1~1.5TWhが現実的だと発表しています。
スイスの水力の半分以上はダム水力で、これまでも貴重なピーク時電力を供給してきました。そのうち40か所が揚水型です。
これまではダム式の水力は、これまでは昼間のピーク時に発電して高く売るビジネスを行ってきました。
今後、昼間のピーク時の電力は太陽光発電が担っていきますから、水力の役割は、風力と太陽光発電の発電量が足りない時に稼働する、貴重な調整用電源となります。
既存の揚水発電については、太陽光や風力が余っている時に貯めておく蓄電池ビジネスとして活用されていくことになるでしょう。
「エネルギー展望2050」の政策シナリオの一つに、「新しいエネルギー政策」が盛り込まれています。エネルギー大臣は脱原発の過渡期におけるガス電力の必要性を発言しました。
ガス発電の詳細性や実効性について、どのように考えていますか?
エネルギー庁やエネルギー大臣は、現在の対策パッケージのゆっくりとした再エネ増産を前提として、冬の電力需要ピーク時のために、天然ガスによるコージェネや少数のコンバインドサイクル発電が必要になるかもしれないと言っています。
地域暖房等における分散型のガス・コージェネの利用は、CO2削減や調整用電源としても有意義です。しかし、ガスコンバインドサイクル発電については、実現は難しいと言われています。なぜなら、スイスでは天然ガスの火力発電は、CO2排出量の全量を相殺する義務を負うからです。
ヨーロッパの電力市場で電力価格が下落している状況を考えても、ガス発電は事業者にとっては経済的な魅力がありません。
もちろん、天然ガスを使わずに、再生可能エネルギー増産や、ヨーロッパから電力を輸入することでも、必要な供給量を満たすことができます。
ですから、「大型ガス発電が必要」という発言は、エネルギー大臣の大手電力への配慮としても捉えることができます。
また、ガス設備には近い将来には「パワー・トゥ・ガス」技術により、太陽光や風力の余剰電力から生産された再生可能エネルギーのメタンガス利用というオプションがあります。蓄電技術として非常に注目されており、スイスでも建設が進められています。
スイスにおける太陽光発電の現状や将来性については、いかがですか?
2014年頭の時点で、太陽光発電は電力の1%を担っており、5年前の10倍に増えました。ほぼ全てが屋根置き設備です。
スイスでは長年、原子力ロビーの力が強く、ドイツでのような太陽光発電の爆発的な成長が意図的に阻まれるような制度設計となっていました。そのため、周辺国よりも導入が遅れています。
しかし、スイスで最も増産のポテンシャルが大きい電源が太陽光発電です。ソーラーエネルギーの業界団体(Swissolar)の調査では、2025年までに電力消費の20%を太陽光発電で生産することが可能です。
これは国が2050年までに目指している量とほぼ同レベルです。太陽光発電は、スイスでもkWhあたりの発電価格が15~21ラッペン(18~24.2円)となっており、家庭向けの電力価格20ラッペン程度(24円)よりも安くなってきています。
そのため、家庭や中小企業では、太陽光発電の自家消費が魅力的になってきています。
風力発電の潜在可能性、市場性などについては、いかがですか?
スイスでの風力発電の普及は、買取制度の2008年と遅くに導入されたことや、複雑で長時間かかる認可過程、そして景観保護団体の反対運動により、周辺国よりも大幅に遅れています。
その間、内陸向けの風車技術は発展しました。風力の業界団体(Suisse Eole)の調査では、内陸国で起伏の多い地形のスイスでも、新しい内陸向けの技術を用いることにより、2035年までに電力消費量の10%を風力でまかなうことが可能だといいます。
これは国が2050年に目指す値の倍以上になります。欧州では陸上風力は、新しい再生可能エネルギー電源の中で最も安価な電源となっています。
現在、スイスには多くの風車や風力パークのプロジェクトがあり、いくつかの風況に恵まれた州では熱心に計画を進めています。
しかし、どこの地域でも一部の景観保護団体の激しい反対や裁判があり、事業の計画性を見通すことが難しいのが悩みになっています。
Ⅲ 理想のエネルギー体系
2014年1月、「メルケル首相への手紙~ドイツのエネルギー大転換を成功させよ!」を翻訳出版されましたね。
ドイツでは、過去10年間で電力消費に占める再生可能エネルギーの割合を25%に増やしました。こういった勢いの良いエネルギーヴェンデの主役は、農家や手工業者、中小企業や自治体です。
しかし、このようにエネルギー供給の民主化が進む中、メルケル政権はこの数年間に渡り、エネルギー大手企業の既得権を守るために分散型のエネルギーヴェンデを阻止する方向に政策の舵を切ってきました。
この本は、ドイツの再生可能エネルギー開発会社juwiの設立者で、カリスマ企業家であるマティアス・ヴィレンバッハー氏が、一極集中型のエネルギー産業がどのようにして再生可能エネルギーを阻止しようとしているのかを描き出し、ドイツ社会で流布されている再生可能エネルギーに関する多くの嘘を暴きます。
また、どうすればドイツが100%再生可能エネルギーを最も安いコストで素早く達成できるのか、なぜそれがドイツの社会にとって社会的に、そして国民経済的に最良なのかといったことを、分かり易く説明しています。
ドイツのエネルギー大転換の今を語った政治家やジャーナリスト、学者の本はありますが、転換の現場にいる企業家の本はまだありません。
この本では、第一線の企業家ならではの説得力のある知見が新鮮です。例えば分散型のエネルギーヴェンデのためには、国を縦断するスーパーグリッド(超高圧送電線)も、洋上風力も、巨大な蓄電容量も不必要で、それらがエネルギーヴェンデを高価にするだけのもの(=阻止する要素)である理由を論説します。
この本が、日本の若い世代の企業家の方々に新鮮な視点と刺激を与えてくれることを、翻訳者として願っています。
滝川さんは、ベルンにお住まいです。どのような街ですか。
私は首都ベルン市の郊外の村に住んでいます。州都のベルン市は、世界遺産の町並を持つスイスの首都で、人口14万人弱の小都市です。
しかし、首都の中心部から西10㎞ほどのところに、スイスで一番危険と言われる高齢のミューレベルク原発があります。
そのベルン市では、2010年の住民投票により、2039年までにベルン市の所有する都市エネルギー公社が生産、売買する電力を100%再生可能エネルギーにする法案が可決されました。
そのためベルン市では、2035年までに建物の熱需要を2割減らして、7割を再生可能エネルギーでまかない、電力も8割を再生可能エネルギーでまかなうマスタープランを立て、自治体として行動しています。
その際に、地域の熱供給事業や電力供給事業を手掛けている、自治体のエネルギー公社が重要な役割を果たします。
このように国のエネルギー戦略2050を先駆けて実践している自治体は少なくありません。
スイスでは、福島原発事故に対する関心は高いでしょうか?
高いです。しかし、残念なことにメディアによる報道は非常に少なくなっており、それにより忘却が進まざるをえません。
スイスの大手メディアの関心が下がったということもありますが、日本から入ってくる情報源も少なくなってきているのだと思います。
エネルギー政策に対する関心度はいかがですか?
エネルギーヴェンデは、国民にとっても国、州のレベルで最重要な政策課題の一つとして捉えられています。
脱原発については、エネルギー庁の2013年6月の国民へのアンケートでは、国民の57%が原子力に反対しています。
社会問題、経済問題として、エネルギー政策が取り上げられる事はありますか? 最新トピックがありましたら、教えてください。
私の住んでいるベルン州では5月18日に住民イニシアチブ案「ミューレベルク原発を廃炉に」の住民投票が行われます。
これは、運転42年を迎え、原子炉の経年劣化が激しい上に、冷却装置や耐震性などの不備から、スイスで最も危険な原発であると言われているミューレベルク原発を、即時運転終了にすることを求めるものです。
可決した場合、同原発の事業者であるベルン電力の過半株主である州が、ベルン電力に運転終了させることになります。
もしも住民が可決すれば、それはベルン州に限らず、スイスの他原発の今後にも影響を及ぼすことになるでしょう。
地球上に住む人々の多くは、国家を超える市場の経済的社会的活動を享受しています。環境ジャーナリストとして、国家レベルで動くエネルギー政策の在るべき姿というものについて、どのようにお考えですか?
エネルギーヴェンデは、エネルギー源の変化だけではなく、分散型の供給構造への変化を意味します。
エネルギーという巨大な市場からの富の流れも、これまでのように一極集中ではなく、地方分散に変わります。それは地域社会にとって経済的なチャンスです。
それまで地域外の非再生可能エネルギーに支払っていたお金が、省エネや地域の再生可能エネルギーにより地域内に向けられることで、地域が豊かになります。
このことを理解した人びとや自治体が、地域レベルで分散型の再生可能エネルギーへの転換を自ら実施する動きは、今やドイツ語圏では社会的な運動に発展しています。前著の『100%再生可能へ!欧州のエネルギー自立地域』では、そういった欧州地域のエネルギー自立運動について報告しました。
理想形は、食糧と同様に、大きなネットワークとも接続していながらも、地産池消に近い供給・消費構造を築くことだと思います。
もちろん大幅な省エネが前提となります。再生可能エネルギー資源が豊富な農村を中心に再生可能エネルギーを生産し、周辺都市にも供給していくような構造です。
しかし、こういったエネルギーヴェンデからの経済的な果実を地方が収穫するためには、住民や自治体が自ら事業主体とならねばなりません。
5月末に日本で販売される予定の次著、『100%再生可能へ! ドイツの市民エネルギー企業』では、ドイツに焦点をあて、そういった事業体の取組を紹介しています。
最後に、日本にとって示唆となるエネルギー感(観)や政策はあるでしょうか?
スイスの政府と国会は、福島第一原発事故という日本で起こった大災害をきっかけに、民意を受けて、脱原発への決断を果たしました。
日本の国民の大半も脱原発を望んでいるといいます。
スイス人の多くからは、あれほどの大事故を起こしながらも、さらに民主主義の国として、なぜ日本政府が再稼働に邁進し、エネルギーヴェンデの政策を選ばないのか、不思議に思うという声をよく聞きます。
日本は、再生可能エネルギー源を豊に持ち、気候的にも恵まれた地域が多く、また技術大国です。
省エネと、多様な再生可能エネルギー源の活用によるエネルギーヴェンデを進めることにより、地域社会の経済を強め、豊かな暮らしを実現していって欲しいと願っています。
特に、日本の建物の省エネ性能の強化政策には、まだ莫大なポテンシャルが潜んでいます。
2014年4月